清野とおるプロフィールや経歴は?壇蜜と結婚!

壇蜜さんと漫画家の清野とおるさんが結婚されました!

いったいどんな漫画家なんでしょうか?調べてみました!

清野とおるのプロフィール

名前 清野とおる(せいの とおる)
生誕 1980年3月24日(39歳)
東京都板橋区志村
職業 漫画家
趣味 徘徊・尾行・貸本漫画の収集。
活動期間 1998年~
ジャンル エッセイ漫画
不条理漫画
青年漫画
代表作 『青春ヒヒヒ』
『ハラハラドキドキ』
『東京都北区赤羽』

 

清野とおるの経歴は?

東京都板橋区志村出身。東京都北区赤羽在住。

独特の絵柄と作風で、内容は不条理ギャグが多い。漫☆画太郎は「私は仮性、清野とおるは真性のきちがいです!!!」と激賞している。しかし清野は、「ロクな思い出がないし、もう不条理漫画を描くつもりは無い」と述べている。これは10年間描き続けた不条理漫画が結果的にダメだったことや、編集者からの評価が散々だったためで、以後はエッセイ形式の漫画に完全移行している。

 

1997年、高校在学時に「猿」を『週刊ヤングマガジン』に投稿して月刊奨励賞に入選。

その後、1998年に「ヤングマガジン増刊青BUTA」に掲載された「アニキの季節」(清野通名義)で漫画家デビューしますが、「ヤングマガジン」ではネームが何度もボツに。

その後、『週刊ヤングジャンプ』に移籍し多くの読切作品を発表しています。

大学在学中「青春ヒヒヒ」、「ハラハラドキドキ」を連載しますが半年で打ち切りに。(どちらも絶版)

「連載を失って実家にいるのが、いたたまれなくなった」という理由で実家のある東京都板橋区志村から隣町の東京都北区赤羽に引越し、一人暮らしを始めます。

集英社との専属契約が2006年に切れると他社に持ち込みを行いますが、独特の作風から漫画と人格を否定され続けてしまいます。

「ゴミクズ同然の扱い」を受けながらも持ち込みを続け、小学館の編集者に見出されます。

しかしまたもネームのボツが続き、漫画家を続けていく自信を失いスランプに陥りました。

その後「週刊ヤングサンデー」を中心に不条理ギャグの短編を発表しますが、週刊ヤングサンデーの休刊により無収入状態に。

アルバイト生活を送りながら「東京都北区赤羽」の元となる赤羽を舞台にしたエッセイ漫画を出版社に持ち込むますが「一般人やホームレスの写真は載せられない」という理由でまたもボツになってしまいます。

個人ブログに赤羽ネタを連日のように投稿し話題にったことでケータイまんが王国にて、『東京都北区赤羽』を連載開始。単行本8冊を刊行。20万部以上を売り上げました。

引っ越した赤羽で出会った人たちや、自分が体験した出来事が、後の清野の創作活動に多大な影響を与えることになる。

2015年1月から同作品を題材としたドキュメンタリー風テレビドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』としてテレビドラマ化されています。

現在は『モーニング・ツー』にて「その『おこだわり』、俺にもくれよ!!」を、『SPA!』にて「ゴハンスキー」を連載中。

まとめ

かなり苦労した漫画家さんですね。

まさか壇蜜さんと結婚するとは思ってなかったでしょうね。

おめでとうございます!

 

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