高島忠夫さんが死去!長男逝去やうつ病の波瀾万丈な人生とは?

映画、舞台、司会などで活躍した高島忠夫さんが26日に老衰のた自宅で亡くなったというニュースが入ってきました!88歳だったということです。

高島忠夫さんといえば「イェーイ」の決め台詞が有名で俳優としてだけでなくバラエティでも人気でしたが、波瀾万丈な人生でもありました。

高島忠夫さんのプロフィール

高島忠夫(本名:高嶋 忠夫)さんは1930727日、兵庫県神戸市生まれ

51年に新東宝第1期ニューフェイスに合格。

52年に映画「恋の応援団長」でデビュー。

宝塚映画を経て1965年に東宝と契約。
映画俳優、ミュージカル俳優としても活躍し「クイズ・ドレミファドン」などの司会でお茶の間の人気者に。

1963年に宝塚の寿美花代さんと結婚。

長男逝去の事件とは

子供も授かり幸せの真っ最中、1964年8月に生後5か月だった長男が家政婦(当時17歳)に風呂桶の中に沈めら殺害されるという事件が起きました。

高島さん夫妻は家政婦さんの事をとても大事に可愛がっていたそうです。

家政婦は「長男が生まれてから愛情が移ってしまい、自分は疎遠に扱われるようになった」と犯行の動機をあかしたそうです。

可愛がっていた家政婦にそんな事をされるなんて、高島さん夫妻は辛いという言葉では言い表せない程、苦しかったたでしょうね。

その後、1965年に二男の高嶋政宏さん、翌年に三男の高嶋政伸さんが誕生。

芸能一家としても活躍しています。

ちなみにバイオリニストの高嶋ちさ子さんは姪に当たるそうです!

1998年にはうつ病を患い、25年間務めてきた「ゴールデン洋画劇場」の解説を降板。

芸能活動を一時休止しましたが、2003年に芸能界に復帰。

しかしその後もうつ病の再発で活動を休止したり、パーキンソン病の発症、不整脈のために心臓にペースメーカーを取り付ける手術を行なったり病と闘っていました。

高島忠夫さんは自身の闘病記も出版しています。

 

お通夜、告別式は遺族の希望により27日に家族のみで密葬を執り行ったということで、お別れ会などの予定はないということです。
また一人、昭和の名優が旅立たれました。

ご冥福をお祈りいたします。

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました